堤幸彦「SPEC」
SPEC 警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿 DVD-BOX (2011/03/23) 戸田恵梨香、加瀬亮 他 商品詳細を見る |
・堤幸彦らしさ
文章を読んだだけで、その文章を誰が書いたかわかるときがある。数行読んで「あれ、これもしかしてあの人じゃないか」と感じる。それで著者を調べて「あー、やっぱり」となぜか納得した気分になる。
それは、文体や書きグセや言葉の選び方のなかに、その著者の独自性が刻み込まれているからである。端的にいうと、それが「その人らしさ」だろう。すべての文章が独自性を持たなければなければならない、というわけではないけれど、こういう経験をさせてくれるのも文章の価値である。
映像作品にもこういうことがある。私は書籍ほど映像作品に精通しているわけではないけれど、それでも「その人らしさ」を感じるときがある。夜中にふとテレビをつけて、なんだかよく分からない映画を観ているうちに「これもしかしてあの人の演出なんじゃないか」と思って、急いでパソコンの電源を入れて調べる。
日本の映像製作者のなかで、こういう「その人らしさ」を一番分かりやすく感じるのが堤幸彦である。ほの暗くて淡い色調、独特の間、シリアスのすき間に挿入されるコミカル演出。こうした一連の特徴が「堤幸彦らしさ」を構築しているのである。
もちろん多作な堤作品のなかで、こういう特徴を持った作品はごく一部でしかない。それでも堤作品のなかでオリジナルな光を放っている作品には、概してこの「堤幸彦らしさ」が刻印されている。
・ぶっとんだ演出とありきたりなストーリー
とくにこのドラマは、もっとも「堤幸彦らしさ」がにじみ出ている。「TRICK」にもかなり濃密に出ていたけれど、それはさらに色濃く、濃密になっているように感じられる。
このドラマは、ほとんど演出を見せているようなものなので、ストーリーをなぞってもあまり意味がない。しいて言えば、悪さをする超能力者とそれを取り締まる型破りな女性警察官の物語である。それと共に、型破りな女性警察官と堅物な男性警察官との心の交流を描く物語が同時進行している。
この説明だけ読むとかなり陳腐でありふれた物語のようにみえる。たしかにストーリーそのものは陳腐である。
しかし、おそらくこのドラマは戦略的に「陳腐でありふれた物語」を採用している。なぜなら、ありふれた予定調和的物語を採用しなければ、演出の「ぶっとび具合」を活かせないからである。ストーリーも演出もぶっとんだドラマは、もうただの自己満足である。そうならないためにストーリー自体はあえて陳腐に仕立ててあるのである。
「ありきたりなストーリー」を作る作家はごまんといる。「ぶっとんだ演出」をしたがる輩も一定数は必ず存在している。ただ、この両方をギリギリのラインで匠に混ぜ合わせて、魅せる作家はそうそういない。そういう意味で堤幸彦は貴重な存在なのである。