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SOCIE

在野の社会学研究者による尽きなく生きることの社会学

2000年という年のほんのわずかな予感 ーーゼロ年代とはなにかシリーズ①

2000年という年

 1999年の大晦日。かすかな期待感を抱きながら寝床についたことを覚えている。

 2000年問題、世界中のコンピュータが誤作動を起こし、社会が動乱し、慌てふためく。テレビは通常放送から緊急ニュースに切り替わり、人々が一斉にざわめき立つ。2000年問題への警鐘を鳴らすニュース番組を眺めながら、そんな空想をしていた。誰しもが少年のころに抱く、平和な空想世界。

 
 もちろんそんな事態が起こらないことは、分かっていた。明日も今日と同じ日がつづく。明後日も、明々後日も、そして10年後も…。


 年が明けた2000年1月1日。空想したことは何一つ起こらなかった。ニュースでは、世界は平常通り運用されていることが伝えられた。テレビも、通常放送が通常どおりに放送されていた。

 

 2000年という年は、おおむねこんな年だった。

 数字上の特別感のわりに、際立った特徴のない年。もっといえば、2000年〜2009年のいわゆるゼロ年代も同じことかもしれない。遠く離れた未来の地点から見返したとき、そこには記憶に値するような出来事はほとんどない。影の薄いクラスメイトのような存在感。ああ、そんなやつもいたな…。それで話題は終わる。

 

 けれど日常には、日常なりの起伏がある。

 サザン・オールスターズは『TSUNAMI』を歌っていたし(私も買った)、ソニープレイステーション2が発売したし(私は買ってない)、町田康は『きれぎれ』で芥川賞を獲った(あとになって読んだ)。ユニクロはフリースを売っていたし(私も買った)、テレビドラマでは『Beautiful Life』も『池袋ウエストゲートパーク』も『トリック』もあった(ぜんぶ観た)。
 決してなにもなかったわけじゃない。そこには、何か、があったと思う。そう。何か、が。人生に直接影響するようなものではないし、社会を変えるものでもない。全共闘運動や、機動戦士ガンダムや、バブル景気や、地下鉄サリン事件のような、懐古的に語り継ぐほどのことは何一つない。でも、ゼロ年代にもたしかに「何か」があった。そう思う。でも、一体それはどんなものだろう。

 

決して訪れることはないけれど、わずかに期待する未来

 2000年といえば、「キレる17歳」が話題になった。
 神戸の酒鬼薔薇事件は97年、西鉄バスジャック事件が00年。どちらも犯人は1982年生まれだった。当時私は中学生だったけれど、多少は自分の事として話を聞いていた。もちろん特定の年代になにかしらの暴力的性向があるとも思えなかったけれど、そうなるもの無理はないように思えた。
 つまり、ある種の環境に置かれることで、心のタガが外れてしまう。理性も社会規範もどうでもよくなってしまう。たまたま、私は「そういう環境」に生まれ落ちなかったけれど、もし「そういう環境」に生まれ落ちたとしたら、私も同じことをしただろう。なぜかそういう確信があった。

 あの17歳たちは、私だったかもしれない。
 そう思うと、底のない恐怖心が込みあげてくる。けれど、どうしてもそんな風に思えてならない。彼らは、私が1999年の大晦日に抱いたあのディストピアを実現しようとしたのかもしれない。あの平和な空想世界を。2000年の正月に裏切られ、なかった事にされた未来を、彼らは自分たちの手で成し遂げようとした。

 私と彼らのあいだにどれほどの違いがあるだろう。その違いの少なさを痛感すると、本当に恐ろしい。
 
 もう一つ、2000年で印象に残っていることがある。記憶の彼方にある人も多いと思うけれど、2000年に「加藤・山崎の乱」というドタバタ政治劇があった。当時の森内閣不信任決議に、自民党加藤紘一を含む数十人のメンバーが賛成に回ろうとした事件だ。結局、党内の圧力に屈するかたちでなし崩しになり、失敗した。
 テレビでは、失敗を悟りうつむいたままの加藤紘一と、その脇で大将を鼓舞しようとする谷垣禎一の様子が繰り返し放送されていた。当人にとっては真剣だったかもしれないけれど、どこか演技的でぎこちない感じがした。半分本気、半分演技だったのかもしれない。けれど女性のセックスと同じで、そればかりは本人にしかわからない。もしかしたら本人も分かってないのかもしれない。
 私にとっての「政治」との出会いは、この政治劇だった。それ以来「政治」とは、5本に1本くらい面白いものがあるエンターテインメント・コンテンツだと認識している。
 小泉純一郎橋下徹が出てくるのはもう少し先だが、このころは、政治は、わりと面白かった。何かが変わるかもしれない、というかすかな予感があった。たとえそれが三文芝居のエンターテインメントであったとしても。
 
 何かが起こるかもしれない予感。そんな未来が訪れることはないと分かっているけれど、かすかに、胸の奥底で、感じる期待。
 2000年という年を暴力的にまとめてしまうと、そういう年だったのではないか。いつの時代でも、空想・妄想・予感の類はある。けれど、それは1960年代のものとも、1980年代のものとの違う。2000年代ならではの予感の感じ方。そんな予感のあり方が始まった年、2000年。