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在野の社会学研究者による尽きなく生きることの社会学

ジェームス・W・ヤング「アイデアのつくり方」


アイデアのつくり方アイデアのつくり方
(1988/04/08)
ジェームス W.ヤング

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・60分で読めるけれど一生あなたを離さない本

 この本には、上のようなコピーが帯に綴られている。確かに京都-大阪間の電車のなかで読み終えることができた。本文は、かなり大きめの文字で102ページ。ただしボリュームを多くするために「解説」とか「序文」とか「訳者あとがき」などが付け加えられていて、実質的な内容は44ページしかない。

 それでもかなり有名な本らしい。1975年にアメリカで出版されて以来、広告業界などのアイデア産業のあいだで今でも絶大な人気を誇っているらしい。私が手に入れた本は65版目である。おそらくこの「60分で読めるけれど一生あなたを離さない本」というコピーはあながち間違ってはいないのだろう。

・アイデアを出すための方法論

 この本の内容は、まさしくタイトルどおり「アイデアのつくり方」。アイデアは、魔法のように突然この世界にふっと現れるわけではなく、いくつかのステップを踏むことで出てくるものらしい。

 ここで語られているのは、突飛なアイデアを出す方法ではない。ようは、「アイデアとは、意識的にせよ無意識的にせよ、このような方法に則って出てくるものである。そのことを自覚しておくことで、アイデアを手に入れやすくなるのではないか」ということである。

・「アイデアの原理」と「アイデアを出す5ステップ」

 まずヤングは、アイデアとは「既存の要素の組み合わせ」であるという原則を掲げる。何もないところからは何も生まれない。意識的にせよ無意識的にせよ、私たちは異なるもの同士を脳内で組み合わせてアイデアを生んでいるのである。

 それでは「既存の要素を組み合わせ」て、新しいアイデアを創造するためにはどうすればいいか。それには5段階のステップを踏まなくてはならない。

 ①資料の収集。あまりにも当たり前だけれど、アイデアを生むためにはまず「既存の要素」を知らなければならない。この資料の収集は、大きく分けて二つある。まずひとつが「特殊資料」の収集。これはつまり自分がアイデアを出したい分野についての資料である。広告ならば、ターゲットについての知識や商品に関する情報のことである。

 ヤングはここで警鐘を鳴らす。このことは、あまりにも当たり前すぎてきちんと実行している人が少ない、と。私たちは、知識を得るときに表層しか知ろうとしない。このことをヤングは、モーパッサンが言う小説を書くための勉強法を例として挙げている。

 パリの街頭に出かけてゆきたまえ…。そして一人のタクシー運転手を捕まえることだ。その男には他のどの運転手ともちかったところなどないように君にはみえる。しかし君の描写によって、この男がこの世界中の他のどの運転手とも違った一人の独自の人物にみえるようになるまで、君はこの男を研究しなければいけない(35-36)

 知識を収得することを疎かにしてはいけない。これが特殊資料を収集する際にもっとも大切なことである。

 そして特殊資料と同時に一般資料も収集することが必須である。一般資料とは、専門的ではない教養的な知識である。「既存の要素の組み合わせ」で新しいアイデアを創造するためには、この一般資料の広さが鍵になる。以上が第一段階の「資料の収集」である。

 次に②資料の咀嚼。食べ物を口に入れたら、まずよく噛んで味わうことが重要である。同じように知識もただ収集するだけでなく、考えて想像して感じなければならない。

 そしてそのあとが③忘れて他のことをする。アイデアとは「既存の要素の組み合わせ」であるが、組み合わせるのは「無意識」がやってくれる。その無意識を十全に働かせるために、問題を放棄して好きなことをするのである。シャーロック・ホームズが捜査の途中で趣味のバイオリンを弾きだしたりするのと同じである。

 そしてとうとう④アイデアが沸く。これが第四段階。そのためには日常的にアイデアを出したい分野について気にかけておく必要がある。トイレに行っているとき、布団に入るとき、なんとなくそのことを気にかけていると、ふっとアイデアが沸くのである。

 最後に⑤具体化・発展化。第四段階で得られたアイデアの卵をきちんと形にする。これも案外忘れがちなことである。なんとなく頭のなかで思いついたアイデアは、すぐに忘れてしまう。そうならないためにまず紙に書き出して具体的に肉付けしていく。

 これがヤングのいうアイデアの作り方の5ステップである。一見すると、あまりにも当たり前で新しい情報がなにもないように思える。ただそれが真理なのだと思う。当たり前のことをどれだけきちんとこなすことができるか。地味で刺激のない作業をどれだけ継続できるか。この本では、そういうことが問われているのだと私は思う。